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2006年6月20日 (火)

審理差し戻し

山口県光市で1999年4月に発生した母子殺害事件。「死刑が妥当ではないのか?」を争点とし、一審/二審での「無期懲役」判決にもかかわらず上告されてきた事案だが今日最高裁で判決が出た。

「無期懲役判決を破棄し、高裁へ審理差し戻し」との判決。これは事実上の「死刑判決」に近い内容だ。

事件自体は非常にセンセーショナルであった為、自分も良く覚えている。99年に被害にあった母子は母23歳、長女11ヶ月。自分も結婚したてで、母子の年回りが我が家と近いことから、残されたご主人の無念さはとても共感できたからだ。

さて、今日の判決は第3小法廷で開かれ、4人の裁判官の全員一致で冒頭の判決となったとのこと。

「無期懲役は甚だしく不当で、著しく正義に反する」として、広島高裁への審理差し戻しを命じたのだが、ここで疑問。

「なんで最高裁で死刑判決を出さないのか?」

自分の無知をさらけ出すようで恥ずかしいのだが、これは調べるしかない。なんとなく想像はできるのだが・・・すっきりしたい。最高裁の役割に関係がありそうだと考えて調べてみると、「法律解釈」と「違憲審査」が大きな役割との記事を発見。事実関係の認定自体は下級審で行なわれる事象であるため、「審理差し戻し」となったのだ。なるほど。

話しを戻して、ここ(本件)でいう事実関係の認識とは

1)殺意の有無も含め、計画的殺害?2)本人の反省と更正の可能性

これに加えて、3)「18歳1ヶ月という年齢についての考慮」 も絡んでくる。

1)は既に一審/二審でも認定済。2)について非常に弱いながらも更正の可能性を認定し、3)も考慮して「無期懲役」がこれまでの判決。

しかし、犯人は逮捕された後、被害者を小馬鹿にした内容の手紙を書いている事実も判明しており、少なくとも「反省の色」は見えてきていない。ここが一審/二審での事実「誤認」。「18歳になって間もない未成年」しか犯人には「拠り所」がないワケだ。

差し戻された広島高裁は、上位にあたる最高裁の判決に「拘束」されるであろうから、逆転「死刑」判決はほぼ確定的だろう。

そもそも何のための18歳という「線引き」なのか。「たった1ヶ月しか過ぎていないんだから・・・」という理屈がまかり通るならば「18歳という線引き」自体が無意味化してしまう。そもそも、少年犯罪自体が凶悪化してるし、「少年法」を楯に、現行法規を逆手に取っているところも散見されている。

犯罪には常に確固たる判決を下して欲しい。犯した罪は相応の罰を受けるべきだ。「年齢」や「反省の有無」は、量刑を大きく左右させるものであってはならないと思う。そして、そうした姿勢を明確にしていくことで「次なる犯罪」の抑止にもつながっていくのではなかろうか。

(こうした考えは、大学で公法を学んでいた人間のものからは乖離しているだろうし、指導してくれた教官が見たら嘆くかもしれないが・・・大汗)

だから、今回の判決には「喝采」を送りたい。

願わくは、差し戻し審以降の展開を速やかにして欲しいということ。永山事件では差し戻し判決以降7年かかっているらしい。これ以上、被害者を苦しめないであげて欲しい。

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